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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)546号 判決 1988年11月08日

原告

破産者鎌倉印刷株式会社

破産管財人

坂本建之助

原告

破産者大宗土木株式会社

破産管財人

坂本建之助

右両名常置代理人弁護士

浅野晋

原勝己

被告

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

荒木義朗

右訴訟代理人弁護士

下飯坂常世

海老原元彦

広田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

村崎修

奥宮京子

被告

株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役

山田春

右訴訟代理人弁護士

伊達利知

溝呂木商太郎

主文

一  原告破産者鎌倉印刷株式会社破産管財人坂本建之助と被告株式会社富士銀行との間において、同被告が同原告に対し四九八一万〇七九一円の寄託金返還債務があることを、原告破産者大宗土木株式会社破産管財人坂本建之助と被告株式会社三菱銀行との間において、同被告が同原告に対し六二八九万三七六一円の寄託金返還債務があることを、それぞれ確認する。

二  被告株式会社富士銀行は、原告破産者鎌倉印刷株式会社破産管財人坂本建之助に対し、四三八八万七九三六円を、被告株式会社三菱銀行は、原告破産者大宗土木株式会社破産管財人坂本建之助に対し、一〇九万六三六〇円を、それぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  破産者鎌倉印刷株式会社は昭和五三年一一月六日(破産者大宗土木株式会社は昭和五五年一月二五日、それぞれ東京地方裁判所において破産宣告を受け、訴外髙橋梅夫(以下「前管財人」という。)が各破産者の破産管財人に選任された。

前管財人は、昭和五九年四月一七日右各破産管財人の辞任の申立てを行い、同月一八日東京地方裁判所において辞任が許可され、同日原告坂本建之助が破産者鎌倉印刷株式会社及び破産者大宗土木株式会社の各破産管財人に選任された。

2(一)  前管財人は、昭和五三年一一月二二日被告株式会社富士銀行(以下「被告富士銀行」という。)虎ノ門支店に鎌倉印刷株式会社破産管財人髙橋梅夫名義で普通預金口座を開設し、その後定期預金口座及び通知預金口座をも開設した。

なお、昭和五四年一月二四日の第一回債権者集会において監査委員を置かない旨の決議がなされた。

(二)  前管財人は、昭和五五年一月三〇日被告株式会社三菱銀行(以下「被告三菱銀行」という。)虎ノ門支店に大宗土木株式会社破産管財人髙橋梅夫名義の普通預金口座を開設した。

なお、昭和五五年三月一一日の第一回債権者集会において監査委員を置かない旨の決議がなされた。

3(一)  前管財人は、被告富士銀行虎ノ門支店の前記各口座に口座開設の日から昭和五九年一月一一日ころまでの間、約七六回にわたって合計一億円以上の金員を預託した。

(二)  前管財人は、被告三菱銀行虎ノ門支店の普通預金口座に口座開設の日から昭和五七年一二月二九日ころまでの間、約七九回にわたって一億四六一九万三一〇五円の金員を預託した。

4(一)  前管財人は、別紙一覧表1記載のとおり昭和五三年一一月二七日ころから昭和五八年四月一八日ころまでの間四八回にわたり被告富士銀行虎ノ門支店の前記各口座から九四五〇万七六〇五円の返還を受けた。

(二)  前管財人は、別紙一覧表2記載のとおり昭和五五年二月一九日ころから昭和五七年一一月二九日ころまでの間三七回にわたり被告三菱銀行虎ノ門支店の普通預金口座から六四一一万四一七五円の返還を受けた。

5  破産管財人が寄託金の返還を受けるためには、破産法二〇六条一項により裁判所の許可を受けなければならないところ、前管財人は、前項の預金の返還を受けるに当たっていずれも裁判所の許可を得ていない。

6  よって、被告らの前管財人に対する寄託金の返還はいずれも無効であるので、原告らは被告らに対し、それぞれ請求の趣旨のとおりいまだ返還を受けていない寄託金の範囲内において被告らが寄託金返還債務を有していることの確認と裁判所の許可を得た範囲内の金員の返還を求める。

二  請求原因に対する認容

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4(一)の事実のうち、別紙一覧表1記載の番号三五、四六の返還の事実は否認するが、その余の事実は認める。

同4(二)の事実は認める。

3  同5の事実は知らない。

4  同6は争う。

三  被告らの主張

1(被告三菱銀行のみ)

前管財人が、裁判所に対し破産財団からの許可を求めたのは財団債権及び別除権の承認に関して五回、配当を行うについて一回あるにすぎず、しかも、その中で裁判所が寄託金の返還について許可を行ったのはわずか一回にすぎない。このように裁判所においても寄託金の返還についてその都度の許可を必要としないという事務処理を行っていたものであるから、被告三菱銀行の前管財人に対する寄託金の返還は有効である。

2(被告富士銀行のみ)

裁判所は、前管財人からの昭和五五年一一月二〇日付け配当許可申請及び昭和五八年九月二八日付け最終配当許可申請に対しいずれも配当を許可し、前管財人の報酬決定をしている。しかしながら、被告富士銀行からの寄託金の返還についての裁判所の明示の許可は存在しない。そうすると、裁判所は、前管財人が寄託金の返還を受けるにつき黙示の許可を与えていたと見るべきであり、本件寄託金の返還についても、同様に裁判所の前管財人に対する黙示の許可があったものである。また、裁判所は、昭和五八年一〇月一四日前管財人からの最終配当許可申請を許可したことにより本件寄託金の返還をも追認したものである。よって、被告富士銀行の前管財人に対する寄託金の返還は有効である。

3 被告らにおいて、裁判所が選任し監督する弁護士である前管財人が寄託金の返還請求をする以上、正規の法的手続にしたがってなされたものであると信じるのが当然であるし、今まで被告らにおいて数千回にわたり破産管財人からの寄託金の返還請求に応じてきたが、破産管財人が裁判所の許可を得ていなかったことを理由に寄託金の再度の返還請求を受けたことは一度もない。これらの事情からすると、被告らは前管財人に対し本件寄託金の返還を行ったことにつき善意であり、かつ、過失はない。

4 被告らは、裁判所の許可を受けることなく寄託金の返還請求をなし、被告らより寄託金を受領したという前管財人の不法行為により、寄託金と同額の損害をそれぞれ被った。したがって、被告らは各原告に対しそれぞれの主張に係る寄託金返還債権と同額の損害賠償債権を財団債権として有している。

よって、被告富士銀行は、昭和六一年三月三一日の本件口頭弁論期日において、被告三菱銀行は昭和六一年三月三日の本件口頭弁論期日において、それぞれ原告に対する損害賠償債権をもって各原告の寄託金返還債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張はいずれも否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

二同4(一)の事実のうち別紙一覧表1記載の番号三五、四六を除く預金の返還の事実及び同4(二)の事実は、当事者間に争いがない。

別紙一覧表1記載の番号三五、四六の預金の返還の事実は、<証拠>により認めることができる。

三<証拠>によれば、前管財人は、被告らから別紙一覧表1、2記載の預金の返還を受けるについて裁判所の許可を得ていなかったことが認められる。

四そこで被告らの主張について判断する。

被告三菱銀行は裁判所においても寄託金の返還について許可を必要としないという事務処理を行っていたから前管財人に対する寄託金の返還は有効であると主張する。

<証拠>によれば、破産者大宗土木株式会社に関する財団債権及び別除権の各承認とその支払並びに優先債権に対する配当について合計六回にわたる前管財人の許可申請に対し、裁判所は許可を与えているが、右許可において寄託金からの支払について明示的に記載されているのは別除権の承認及び支払に関する許可の一度だけであることが認められる。

しかしながら、その他の許可においても財団債権及び優先債権の承認のみならず、その債権に対する支払が明示されて許可がなされている(前記各証拠)のであるから、裁判所の許可には破産法一九七条、一九八条、二五七条の許可のみならず、債権の支払のために前管財人が寄託金の返還を受けることについての破産法二〇六条一項による許可が当然含まれていると見るべきである。

そうすると、被告三菱銀行の主張はその前提を欠き理由がない。

五被告富士銀行は、前管財人の寄託金の返還について裁判所の黙示の許可あるいは追認があったと主張する。

<証拠>によれば、破産者鎌倉印刷株式会社に関する財団債権及び別除権の各承認とその支払並びに配当について合計六回にわたる前管財人の許可申請に対し、裁判所は許可を与え、さらに、前管財人に対する報酬の決定を三度行っているが、右許可及び決定において寄託金からの支払について明示的に記載されているのは別除権の承認及び支払に関する許可の一度だけであることが認められる。

しかしながら、裁判所の許可及び決定には、債権ないしは報酬の支払のために前管財人が寄託金の返還を受けることについての破産法二〇六条一項による許可が当然含まれていると見るべきであることは、前記四のとおりであり、また、裁判所の許可及び決定は、前管財人から申請のあった債権の支払あるいは前管財人に対する報酬の支払に対応して明示的に許可ないし決定がなされているのであるから、これをもって前管財人から何ら許可申請がなされていない本件寄託金の返還に関して(本件全証拠によるも本件寄託金の返還に関して前管財人から裁判所に対し申請があったことを認めるに足りない。)まで、黙示の許可があったと見ることができないのはいうまでもない。同様に、前管財人からの最終配当許可申請に対する裁判所の許可は、右申請書に記載されている支出及び最終配当を行うことに関する許可であるから、これに記載のない前管財人の裁判所の許可を得ない本件寄託金の返還請求行為に対し包括的な追認があったとは到底見ることができない。

そうすると、被告富士銀行の主張も認められない。

六被告らは、前管財人が本件寄託金の返還を求めるに当たり破産法二〇六条一項の規定に違反していたことにつき善意、かつ、無過失であったと主張する。

しかしながら、<証拠>によると被告富士銀行虎ノ門支店及び同三菱銀行虎ノ門支店において本件寄託金の返還をした際、いずれの銀行員においても破産管財人に対する寄託金の返還には破産法二〇六条一項により監査委員の同意又は裁判所の許可が必要であるということを認識していなかったこと、それゆえ寄託金の返還業務を取り扱う窓口の者に対し管財人に寄託金を返還する場合の特別な指導をしておらず、前管財人に対し本件寄託金の返還を行った際には監査委員の同意又は裁判所の許可の有無等を調査することなく、一般の預金者と全く同様の取扱いによって寄託金の返還をしたことが認められる。

ところで、破産法二〇六条は、高価品の保管を担当する銀行等の機関において破産法二〇六条一項の規定の存在を認識し、同項に定める同意又は許可の有無を調査した上、高価品の返還に応じるという取扱いがなされることを期待し、その前提に立って規定されたものと解されるところ、被告らは前管財人の寄託金返還請求に対し破産法が要求している同意又は許可について何ら念頭に置くことなく、これらの調査をしないで返還に応じたのであるから、被告らが破産法二〇六条二項に規定する善意、かつ、無過失であったとは到底認めることはできない。

なお、<証拠>によれば、被告ら以外の他の主要銀行においても破産管財人に対する寄託金の返還を行うに際し裁判所の許可等の確認のための特別な調査をしていなかったことが認められるが、右事実は、被告らの行為を何ら正当化できるものではなく、前記認定を左右する事情足り得ない。また、成立に争いがない乙A第一号証によれば、最高裁判所事務総局民事局長から全国銀行協会に対し昭和六〇年一月二八日付けで破産管財人からの寄託金の返還請求に対しては裁判所の許可書謄本又は証明書の提示を求め、これを確認したのちに寄託金の返還に応じるようにとの依頼がなされたことが認められるが、右依頼の前後において寄託金の返還に際し破産法によって要求される銀行が負担すべき注意義務の内容に差異を来すものではないから、右事実も前記認定を左右するものではない。

七次に、被告らの相殺の主張について判断する。

被告富士銀行が昭和六一年三月三一日の本件口頭弁論期日において、被告三菱銀行が昭和六一年三月三日の本件口頭弁論期日において、それぞれ原告に対する損害賠償債権をもって各原告の寄託金返還債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。

しかしながら、前記甲A第四号証によって認められるのは、前管財人の破産財団のために業務上保管していた金員の横領行為にすぎず、いまだ前管財人が被告らから寄託金の返還を受けたことが被告らに対する詐欺等の不法行為に当たると認めるに足りる証拠はない。そして、前管財人の被告らに対する欺罔の意思が認められない以上、裁判所の許可を受けることなく本件寄託金の返還請求をなした行為自体が直ちに不法行為に当たると解することもできない。

なお、この点に関し付言すると、被告らは前管財人に対する寄託金の返還により損害を被っており、右損害の償還を破産財団から受けることができず不当であるかのようである。しかし、前管財人は破産財団に対して、横領という不法行為に基づく損害賠償債務を負っており、被告らが新管財人(破産財団)に対して負っている寄託金返還債務は、右の前管財人の損害賠償債務が履行されるときは消滅するという関係にあると同時に、破産法二〇六条の規定の趣旨からすると、寄託金返還債務は右の賠償債務の実現を担保するものとして賠償債務と競合して存在するものと解される。そうすると、被告らが新管財人(破産財団)に寄託金を返還したときは、民法五〇〇条の類推適用により、その返還した額と同額の破産財団の前管財人に対する損害賠償債権は、被告らに代位により移転するものと解するべきである。そうであれば、被告らの損害は、右の損害賠償債権によりまかなわれることになるのであるから、前記のように前管財人の行為により直ちに被告らに破産財団に対する損害賠償債権が発生することにならないとしても、必ずしも不当な結果を生ずることにはならないというべきである。

そうすると、被告らの相殺の主張も理由がない。

八以上によれば、各原告の各被告に対する寄託金の返還債務を有していることの確認と裁判所の許可を得た範囲内(裁判所の許可は前記甲A第五号証、甲B第五号証によって認められる。)の寄託金の返還を求める本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官前田順司 裁判官久留島群一)

別紙一覧表1、2<省略>

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